◆ 事件Ⅱ 07 ◆
2010年05月21日 (金)
短い時間に色々なことが起こりすぎて、高耶は事態がよく掴めなかった。
とにかく驚きとショックで、慌てることしか出来ない。
けれど直江が何故か自分の身体を引き寄せたから、鮮血の流れる傷口が目の前にやってくる。
それで何かしなくてはと、直江が自分で抑えている傷口の上から手を重ねた。
「どうしてあなたが泣くんです」
眉を歪めながら、直江はそう言った。
「痛くて泣きたいのは私のほうです」
口端には、笑みが浮かんでいる。
「急所は外れてるから、死んだりはしませんよ」
「……もう喋るな」
「あなたこそ、泣かないで」
「泣いてない」
そう言いながら、高耶は涙を流す。
矛盾していることは、自分でもよくわかっている。
でも、認めたくなかった。
悲しみとか、怒りとか、そういった感情を超えて、何か大きなモノが訪れる予感がしている。
きっと今までとは、何もかもが変わってしまう。
「泣かないで………」
再びそう言った直江の肩に顔を埋めて、高耶はその大きな何かへの恐怖で、涙を流していた。
とにかく驚きとショックで、慌てることしか出来ない。
けれど直江が何故か自分の身体を引き寄せたから、鮮血の流れる傷口が目の前にやってくる。
それで何かしなくてはと、直江が自分で抑えている傷口の上から手を重ねた。
「どうしてあなたが泣くんです」
眉を歪めながら、直江はそう言った。
「痛くて泣きたいのは私のほうです」
口端には、笑みが浮かんでいる。
「急所は外れてるから、死んだりはしませんよ」
「……もう喋るな」
「あなたこそ、泣かないで」
「泣いてない」
そう言いながら、高耶は涙を流す。
矛盾していることは、自分でもよくわかっている。
でも、認めたくなかった。
悲しみとか、怒りとか、そういった感情を超えて、何か大きなモノが訪れる予感がしている。
きっと今までとは、何もかもが変わってしまう。
「泣かないで………」
再びそう言った直江の肩に顔を埋めて、高耶はその大きな何かへの恐怖で、涙を流していた。
PR
◆ 《事件Ⅱ 06》 ◆
2010年05月20日 (木)
何人かが掛け声とともに駆けよってきて、男を直江から引き剥がしていった。
「く……っ」
腹の痛みが増して、呼吸がひどく乱れる。
立っていることが出来ずに、その場に座り込んだ。
「なおえっ、なおええっ!」
高耶がすがりつくようにして、必死に自分の名を呼んでいる。
今なら何をお願いしても聞き入れてくれるんじゃないかという、邪な考えが過ぎった。
「なおえ……っ」
大きな瞳から、涙の粒がこぼれおちる。
血で汚れた手だったけれど、腕を掴んで引き寄せた。
(悪くないな……)
愛するひとがこんなに傍で自分のために涙を流してくれるのなら、ナイフで刺されるくらいなんてことはない、と直江は本気で考えていた。
「く……っ」
腹の痛みが増して、呼吸がひどく乱れる。
立っていることが出来ずに、その場に座り込んだ。
「なおえっ、なおええっ!」
高耶がすがりつくようにして、必死に自分の名を呼んでいる。
今なら何をお願いしても聞き入れてくれるんじゃないかという、邪な考えが過ぎった。
「なおえ……っ」
大きな瞳から、涙の粒がこぼれおちる。
血で汚れた手だったけれど、腕を掴んで引き寄せた。
(悪くないな……)
愛するひとがこんなに傍で自分のために涙を流してくれるのなら、ナイフで刺されるくらいなんてことはない、と直江は本気で考えていた。
◆ 《事件Ⅱ 05》 ◆
2010年05月19日 (水)
高耶だけは守らないといけない。
その一念で、直江の頭からは護身術の全てが消え去ってしまったようだ。
気がつくと高耶を後ろに庇い、身を呈していた。
「なおえっ!!」
橘ですよ、と思いながら向かってきた男を体で受け止める。
ドスンっ
身体がぶつかる音とともに、腹に鋭い痛みが走った。
何とか急所は外せたようだ。
「くそっ……!」
致命傷にはならないことがわかったのか、男は刃を抜きさって再び刺そうとする。
その男を身体ごと引き寄せて、それ以上動けないように抑え込んだ。
「おいっ!どうしたっ!」
早朝のビル街ではあったが、さすがに人が集まって来る。
直江の視界の隅に若い部下の顔が入った。
きっとまた、余計な報告が父の元へ行ってしまうだろう。
切羽詰った状況下で、直江は脳裏には関係ないことばかりが浮かんできた。
その一念で、直江の頭からは護身術の全てが消え去ってしまったようだ。
気がつくと高耶を後ろに庇い、身を呈していた。
「なおえっ!!」
橘ですよ、と思いながら向かってきた男を体で受け止める。
ドスンっ
身体がぶつかる音とともに、腹に鋭い痛みが走った。
何とか急所は外せたようだ。
「くそっ……!」
致命傷にはならないことがわかったのか、男は刃を抜きさって再び刺そうとする。
その男を身体ごと引き寄せて、それ以上動けないように抑え込んだ。
「おいっ!どうしたっ!」
早朝のビル街ではあったが、さすがに人が集まって来る。
直江の視界の隅に若い部下の顔が入った。
きっとまた、余計な報告が父の元へ行ってしまうだろう。
切羽詰った状況下で、直江は脳裏には関係ないことばかりが浮かんできた。
◆ 《事件Ⅱ 04》 ◆
2010年05月18日 (火)
顔色を変える高耶と比べて、直江は酷く冷静だった。
こんな小さなナイフでは、余程うまく刺さない限り致命傷にはならない。
そのことがわかっていたからだ。
「残念だったな」
多少投げ遣りな響きで、直江は言った。
「あの人は、俺が刺されようが撃たれようが、何の関心も示さないだろう」
けれど男はそれを演技と取ったのか、
「ま、口では何とでも言えるよな」
フンと鼻で笑った。
「あの人のことを知っているのなら、尚更理解できるだろう?」
「……そうかもな。けど、試してみる価値はあんだろ」
ナイフの刃で自分の掌をぺちぺちと叩きながら、男は言った。
どうやら思い留まる気はないらしい。
一歩、また一歩と男の足が前に出て、じりじりと直江の元へと近づいてくる。
「───覚悟決めなっっ!!」
男が、掛け声とともに走り出した。
と、そこへ、
「やめろっっ!!」
高耶が、直江の身体の前へと飛び出してきた。
こんな小さなナイフでは、余程うまく刺さない限り致命傷にはならない。
そのことがわかっていたからだ。
「残念だったな」
多少投げ遣りな響きで、直江は言った。
「あの人は、俺が刺されようが撃たれようが、何の関心も示さないだろう」
けれど男はそれを演技と取ったのか、
「ま、口では何とでも言えるよな」
フンと鼻で笑った。
「あの人のことを知っているのなら、尚更理解できるだろう?」
「……そうかもな。けど、試してみる価値はあんだろ」
ナイフの刃で自分の掌をぺちぺちと叩きながら、男は言った。
どうやら思い留まる気はないらしい。
一歩、また一歩と男の足が前に出て、じりじりと直江の元へと近づいてくる。
「───覚悟決めなっっ!!」
男が、掛け声とともに走り出した。
と、そこへ、
「やめろっっ!!」
高耶が、直江の身体の前へと飛び出してきた。
◆ 《事件Ⅱ 03》 ◆
2010年05月17日 (月)
「いや、探偵ごっこ、かな」
先程言った"警備員ごっこ"をそう言いなおした高耶の友人は、眼鏡を指でクイと持ち上げた。
「犯人、見つかった?」
「………一体、何者だ」
ひとりよがりの感情を押しつけられることには慣れているつもりだったが、ここまで不躾な人間は滅多にいない。
しかもかなり機密度の高い内輪の情報まで持っているようだ。
「そうだな、あんたの親父さんに恨みのある人間、ってとこかな」
「───千秋っ!!」
高耶が悲鳴のような声をあげる。
「いい加減にしろよッ!」
「……お前は、黙ってろよ」
そう言いながら、眼鏡の男はズボンのポケットから何かを取り出した。
「仕方ねえ、計画変更だ」
顔をあげた男の眼は、明らかに尋常ではない。
「あんたの親父さんに、大切な家族を殺される気持ち、味わって貰うとするか」
男の手の中で、折りたたみ式ナイフの刃がきらりと光った。
先程言った"警備員ごっこ"をそう言いなおした高耶の友人は、眼鏡を指でクイと持ち上げた。
「犯人、見つかった?」
「………一体、何者だ」
ひとりよがりの感情を押しつけられることには慣れているつもりだったが、ここまで不躾な人間は滅多にいない。
しかもかなり機密度の高い内輪の情報まで持っているようだ。
「そうだな、あんたの親父さんに恨みのある人間、ってとこかな」
「───千秋っ!!」
高耶が悲鳴のような声をあげる。
「いい加減にしろよッ!」
「……お前は、黙ってろよ」
そう言いながら、眼鏡の男はズボンのポケットから何かを取り出した。
「仕方ねえ、計画変更だ」
顔をあげた男の眼は、明らかに尋常ではない。
「あんたの親父さんに、大切な家族を殺される気持ち、味わって貰うとするか」
男の手の中で、折りたたみ式ナイフの刃がきらりと光った。