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◆ 敬語 ◆  2010年04月21日 (水)

 とある日。
 仕事を終えた高耶がエレベーター乗り場へ行くと、直江がスーツ姿で立っていた。
「直江!」
 自分を待っているのかと思って声をかけると、何だか慌てた様子でしぃーと人差し指を立てる。
「大きな声で呼ばないでください」
「ああ………」
 そういえば、"直江"ではなく"橘"だった。
「"すみません"」
 高耶は肩をすくめてそう言った。
 最近の高耶のマイブームは、直江の真似をして敬語を使うことなのだ。
「どこか寄って行きます?」
「んー、あそこもいいかげん飽きたよなあ」
 近場にあるコーヒーショップやらファミレスやらは、結構行きつくした感がある。
「そういえば」
 少し先に新しくナチュラル系のハンバーガーショップが出来たことを、高耶は思い出した。
 確か朝早くからやってるはずだ。
「あそこなんて"どうでしょう"」
 高耶がその店の名前を言ってみると、
「……いいですよ」
 直江は苦笑いで答えた。
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◆ そんなんじゃない ◆  2010年04月20日 (火)

「おはようございます」
「………おはよう」
 いつも通り普通に現れた直江の顔を、高耶は思わず見つめてしまった。
「?何かついてます」
「いや………」
 千秋に言われたことをそのまま言うわけにもいかず、もどかしい気持ちでいるというのに、直江は軽くああ、と言って、
「見とれちゃいました?」
などと言ってきた。
「………ばか」
 全然面白くないぞ、という顔をしたいのに、どうしても顔が二ヤけてしまう。
 少しだけ話して、直江は巡回に戻っていった。
 高耶も自分の作業に戻りながら、やっぱり直江は違う、と考える。
 けれど、もし千秋の言う通りだとしてもそれでいい、とも思った。
 例え裏にどんな意図が隠されていても。
 いつか裏切られる時がくるとしても。
 これだけ居心地のいい時間をくれるのなら、幸せに笑っていられる時間をくれるのなら、それが出来るだけ長く続いて欲しい。
 そう思った。


◆ ナオエ ◆  2010年04月19日 (月)

 翌日、学校で千秋が唐突に言った。
「仲良いのか、あいつと」
「?」
「ナオエ」
「……ああ」
 飲み屋の前で、千秋の姿を見たと確か直江も言っていた。
「仲良くってゆーか」
 何て答えるべきか迷っていると、
「ああいう人種はさ」
 珍しく低いテンションで、千秋はそう言った。
「最初は物珍しさで恵んでくれたとしても、そのうち飽きて離れてくぜ。向こうから」
─────
 あまりに想定外のことを言われて、高耶は呆気に取られてしまった。
 千秋も高耶と同じ、あまりよい親には恵まれずに、高校も大学もかなり苦労して通っているクチだ。
 何か過去に、そういうことがあったのかもしれない。
「そんなんじゃないから」
 それだけを言うのが精一杯の高耶に、
「裏切られんのはおまえだぜ?」
 千秋は念を押すように言った。


◆ 飲み会 07 ◆  2010年04月18日 (日)

 昨夜は酔っ払っていて気付かなかったが、直江の車は世界に名高い高級車だった。
 家まで送ると言われたけれど、高耶は頑なに断った。
(うちみたいなボロアパート、見せられない)
 最寄の駅で降ろしてもらい、徒歩で帰途に着く。
(住んでる世界が違う………)
 歩きながら、ぼんやりとそう思った。
 もちろん直江がそんな風に思っていないことはわかる。
 自分の貧乏生活を知ったところで、きっと関係が変わることもないだろう。
 直江は最初、出合った頃から自分を色眼鏡で見たりはしなかった。
 身元を明かしてくれた後も、やっぱり何も変わらなかった。
 彼にとっては高耶との関係において、社会的な立場などは全く気にならないのだろう。
「……………」
 やっぱり、家まで送ってもらえばよかったと思った。
 気にしすぎた自分が、恥ずかしかった。


◆ 飲み会 06 ◆  2010年04月17日 (土)

 キッチンには、暖かいお茶が用意されていた。
 一口すすると、二日酔いの身体にしみわたる。
「あそこ、お前の部屋?」
 ベッドを占領してしまったことを、謝ろうかと思ったら
「いいえ、客間です」
 あっさりと言われてしまった。
「独り暮らしで客間?」
 ホンモノの金持ちなんだな、と高耶は眉をひそめる。
 直江はそれには気付かなかったようで、
「それを飲んだら家まで送りますよ」
と、言った。
「途中でどこかに寄って、朝食にしてもいい」
 食べられそうですか、と訊ねられて、
「泊めてもらった上に、そこまでしてもらえねーよ」
と、高耶は首を振った。
 けれど直江は、いいんですよ、と言う。
「無防備な寝顔が見られたから」
「!!」
「口、開いてましたよ」
 笑う直江を、高耶は赤い顔で睨み付けた。


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たかや(清掃員)なおえ(警備員)
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